葬儀は、簡単から丁寧へ|コロナ後のあたらしい 葬儀のかたち

 
4年余りのコロナ禍でお葬式はどう変わったのでしょうか?
一言でいえば「簡単な葬儀」になったと言えるのではないでしょうか。
 
では、今後葬儀はどうなっていくのか・・・。
一善は、お客様のお声に耳を傾けながら、これからのお葬式のあり方を考えます。
「葬儀は、簡単から丁寧へ」と題して、一善の考えるアフターコロナの葬儀のカタチについて皆様にご提示していきたいと思います。
 
 


 
 
コロナ禍で葬儀が簡素化された結果、弔うための時間が削られ、葬儀後なにか消化しきれないままの気持ちが残るというご遺族が増えています。
 

コロナ禍で葬儀を行なったご遺族のコメントには「ちゃんと見送ればよかった」という後悔の気持ちに加えて、「こんなに簡単な葬儀では故人に申し訳なかった」というコメントが見られます。つまり、故人に対して不義理をしているのではないか、しっかりと弔ってあげられなかったのではないかという後悔の気持ちが残ってしまったのです。
 


 
コロナによって簡素化された葬儀。
その結果弔うための時間が削られ、葬儀後ご遺族の心の中になにか消化しきれないままの気持ちが残ってしまう。そのことについて先ほど触れました。
 
 
コロナが落ち着きを見せ以前の生活に戻りつつある今は、どのような葬儀をするべきなのか、どう葬儀に参列したらいいのか多くの方が戸惑っているように感じられます。
そして、そんないまだからこそ「丁寧に弔う」ことの大切さが意識され始めているのかもしれません。
 
丁寧に弔う、それはどういうことでしょうか?
 
故人をゆっくり偲ぶこと、ご遺族がきちんとグリーフワーク(※)を行なうこと。
時間をかけて故人の死を受け入れ、時を経ても後悔しない、納得できるお見送りすること。
それが丁寧な弔いと言えるのではないでしょうか。
 
さらには、残された者が生きることや愛することの大切さを再認識し、思いやりのある生き方をすること。きっとそれこそが亡くなった人への最高の弔いになるはずです。
 
もしかしたら私たちは4年余りのコロナ禍を経て、弔いの本来の意味を再び取り戻そうとしているのかもしれませんね。
 
 
※グリーフワーク:近しい人を亡くした人が,その悲嘆を乗り越えようとする心の努力。死別に伴う苦痛や環境変化などを受け入れようとすること。喪の作業。
 

 
テレビや新聞などでも最近聞くようになった「グリーフケア」という言葉。
新聞にも掲載された「グリーフケアの時代に~あなたはひとりじゃない」(2023年秋公開)は、岐阜県高山市に住む三井さんを追ったドキュメンタリー映画です。この映画は夫を亡くした主人公の悲しみを抱えながら懸命に生きる姿やそれを支える人たちを追うことでグリーフケアの大切さを描いています。
 
グリーフとは日本語で「悲嘆」という意味ですが、身近な人との死別ということに結び付けるならば、大切な人を失った喪失感と一方でその感情から抜け出したい、立ち直りたいとする努力、その二つの気持ちの間で揺れ動く不安定な心の状態をいいます。
そして、そういう状態にある遺族に対して、さりげなく寄り添い、援助することを「グリーフケア」といいます。また、遺族が故人のいない世界に適応していくプロセスを「グリーフワーク」と呼びます。遺族はグリーフケアのサポートを受けることで、自分の気持ちを第三者と共有し、グリーフワークをすることで新しい生活に向けて前向きになることができます。
 
とくに高齢者は、身近な人々を亡くすことが多いため、悲しみにくれる時間が長くなることがあります。また、孤独感や社会的孤立によって、悲しみを抱える人たちが自分の気持ちを表現する場が少なくなることもあります。しかし、グリーフケアを利用することで、悲しみを抱える人たちは共感を得られる場を持ち、自分の気持ちを共有することができます。
 
アフターコロナ時代には、多くの人々が失ったものに対して悲しみを抱えることが予想されます。そのため、グリーフケアは、今後ますます重要な役割を果たすことが考えられます。
 
 
ではなぜ、グリーフケアという言葉が注目されるようになったのでしょうか。グリーフケアが注目されるようになったひとつの要因にやはりコロナウィルスの蔓延があるかもしれません。コロナウィルスの影響でお葬式のかたちが変わりました。弔う時間、参列者の数が減り自らの悲しみをしっかり咀嚼し整理できないまま葬儀が終わってしまう、ということも起きています。そして、そのことで心が不安定なままそこから抜け出せないというケースも少なくないようです。
だから、葬儀は故人とお別れをする時間というだけでなく、残されたものの心の問題を解決する時間でもあるという認識がグリーフケアという言葉を浮かび上がらせたのかもしれません。
 

コロナ禍に関係なくこの20年ほどの期間で、葬儀参列者の減少が顕著になってきました。
要因として挙げられるのが、
①高齢化によって故人の社会参加・交際範囲が減っている。
②地域社会におけるコミュニケーションの希薄化によって、地域と断絶した高齢者の増加。
③少子化や未婚化の進行による家族構成員の減少。
といったことです。
そして、コロナウイルスによって葬儀の縮小ムードが一気に高まり社会に定着しました。
おそらく葬儀の小規模化は今後も継続していくことでしょう。
 
 
そんななか、先に記したように、葬儀後なにか消化しきれない気持ちが残るというご遺族が増えているという現実もあります。そういったご遺族を生み出した原因は、葬儀を小さくすることに伴って、葬儀を「簡単」にしてしまったことにあるのかもしれません。
 
 
コロナ禍以降、明らかに葬儀のカタチは変わりました。
何が正しい葬儀なのか、みんな迷っています。
 
しかし、社会状況が変化したいま、コロナ禍以前の葬儀に戻すことは現実的といえません。きっと葬儀を元に戻すという方向ではなく、新たなかたちを作り上げていくという姿勢が大切になってくるのではないでしょうか。
ご遺族、参列者、葬儀業者といった葬儀に関わるすべてのひとが、新しい弔いのかたちに進んでいくという意識を持つ必要があるのかもしれません。

時代の変化と共に小規模化し、コロナによって「小さな葬儀」が一般的になりました。
もう後戻りができなくなったなか、葬儀の新たなかたちを作り上げていかなくてはなりません。
 


 
「丁寧」。
あたらしい葬儀のかたちを模索するとき、この言葉が浮かび上がってきます。
今後、簡単にではなく「丁寧に弔う」という認識が多くの人々に広まり、葬儀のかたちが徐々に変化していくのではないかと私たちは考えています。
 
葬儀における時間の配分、参列の方法、葬儀の構成や進行、葬儀業者の役割などがこれまでとは変わり、葬儀がご遺族にとっての精神的なカウンセリング(グリーフワーク)の時間あるいは場になっていくことが予測されます。
 
そして、そのような状況になったときカギとなることは、葬儀業者がどれだけご遺族に寄り添えるか、ということではないでしょうか。
 
グリーフワークをベースにしたご遺族とのコミュニケーションがしっかりとれたか。
それがよいお葬式だったか、そうでなかったかの判断基準になるのかもしれません。
 

 
「丁寧な弔い」の時代に入っていく中で、私たちはなにに気を付けるべきか。
やはり一番意識すべきなのは葬儀とその前後の「時間」の使い方でしょう。
 
まずは通夜の必要性の再認識です。
 
コロナ禍により通夜なしの一日での葬儀が多くなっている中、グリーフケアという面から見た通夜の必要性を考えていかなければならないのです。
 
一日葬の場合、やはりその時間の過ごし方への戸惑いがご遺族にはあるようです。そこで、通夜という形式でなくとも構わないので、時間をかけてお別れをしていくことが、グリーフケアのプロセスとして必要になるのです。
 
インターネットで葬儀について調べると「いまは一日葬、家族葬が主流」という言葉が見つかるかもしれません。葬儀会社は安さ・手軽さを強調して通夜のない一日葬をおすすめしているかもしれません。
しかし、葬儀前夜に別れを惜しむ時間は、世界中の宗教や文化でも設けられています。少なくとも2日間はお別れに必要であるというのが、長い歴史のなかで人が学んできたことなのです。ぜひ、ご葬儀前日にはご家族で集まって、翌日の本当の別れに備えて、心の準備を整える時間を作っていただきたいと思います。
 

 
「丁寧な弔い」には、葬儀後の時間の過ごし方も大切になってきます。
葬儀が終わっても、ご遺族の心にはまだ悲しみの感情が当然残っています。そんな状況で、すぐに通常の生活に戻ることはおすすめできません。一日できれば数日、静かに考え事をする時間を持っていただきたいと思います。
故人が息を引き取ってから起きたこと、そしてその時の自分の感情。
葬儀準備から参列者お迎えまでの流れ、葬儀中のこと、そして火葬。
家族や親族の表情、参列者のお言葉も頭に蘇ってきます。
空に旅立った故人はいまなにを思っているだろう、そんなことも想像します。
 
そんな時間をつくることで、弔うことの最初の区切りをつけることができ、完全に悲しみは癒えなくとも、故人のいない人生の始まりを迎えることができることでしょう。
 
今後も社会が変化し、多様化していく中で、葬儀の形式も必然的に変化していくことが予想されます。その中でも、亡くなった方を偲び、愛を感じることを大切にすることが求められます。今後も、自分自身や周りの人たちの気持ちに敏感になり、思いやりのある生き方をすることが、亡くなった方にとって最高の弔いになるのではないでしょうか。